介助をしていたお客様
私をよく指名していただき、近くの病院までの送迎と院内介助をしていた60代前半のおばあさんのお話です。
こちらの奥様は難病に侵されており、自分で日常生活を送ることができない状態にありました。
私と同じ世代なのに、要介助者と思うと心が痛く、誠意を持ってお世話や送迎をしていました。
ある日、そのお客様からの依頼でご自宅へ伺いますと、いつものように旦那様が出てこられました。
「今日は新幹線の駅までお願いします。」
いつもは明るい方でしたが、今日はとても暗い感じでした。
どうかしたのかと聞いてみると、旦那様は重たい口を開くようにして言いました。
「実は容体がかなり悪くなってしまい、もう長くはない。」というのを主治医から言われたそうです。
それを聞くや否や愕然としてしまいました。
そして、生まれ育った故郷で最期の時を過ごさせてあげたいという旦那様の思いから新幹線を利用するとの事でした。
何年も介助等させていただいて、いろいろな思い出がありました。
しかし、奥様の前ではそんなことを感じさせないように、明るくいつものように振る舞い、家を出発しました。
奥様の体調はかなり悪そうで、見るからに弱っていました。
上手くしゃべることができなくて、せき込んでいたりととても苦しそうでした。
そして、こんな状態にも関わらず、「私の生まれ育った故郷を案内したい。」とも言ってくださいました。
嬉しさこみ上げてきて、心がいっぱいになりました。
返す言葉の無い程の感動をもらい、駅へと向かいました。
いつものように車椅子の介助をしてさしあげて、今までのお礼をお伝えしました。
その時です、奥様は自由の利かない手で私の腕をとり、顔をうずめてきたのです。
最後の力を振り絞ったような感じの強い力で、握って離しません。
私も旦那様も手を強く握り返しました。
「気を付けて、いってらっしゃい。」と胸にこみ上げるものを必死にこらえて、そう申し上げることが精いっぱいでした。
今度は旦那様も目から大粒の涙をボロボロ流していました。
それを見て、ぐっとこらえていたものがほどけるようにして我慢していた涙を流してしまいました。
新幹線の降車場所で三人で手を取り合って号泣してしまいました。
新幹線が来るまでの時間、しばらくそうやっていました。
最後の別れ際、旦那様が封筒を差し伸べてきました。
お餞別でした。
今までお客様とこんなに長く深く関わったことがなかったのですが、別れは辛いと実感しました。
これからもいろんな別れを経験すると思いますが、あのご夫婦を一生忘れないでしょう。
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